電 力総研 水 力あれこれ(紀伊半島沿岸部内陸部)
大台ヶ原(→貯水池比較)
吉野 川(紀 の川) 天ノ川(熊 野川) 北 山川逍遙篇(開発篇)(大峰)
東 ノ川・又口川 船 津・銚子川 宮川 櫛 田川
と はずがたりな掲示板(利 水スレ電 力スレ)
天ノ川・十津川電源:現況と開発逍遙 十津川第一発電所 十 津川第二発電 所 奥吉野発電所 熊 野川
20.10.8運開

北山川の水力発電逍遙篇(21.9 白川迄)(24.11小森迄)(26.7下流迄)→開発篇

(源流・伯母峰山)──天ヶ瀬川源 流部開発(+8.9MW)──白川発電所──大峰山脈東部開発(+18.6MW)】──池原ダム(東ノ川[坂 本ダム]※→又口川・尾鷲第一発電所・尾鷲第二発電所[別頁])池原発電所[大峰(別頁)池郷川小又川【水発開発の困難性開 発[+8.7MW]──七色ダム七色発電所小森ダム小森発電所───(熊野川合流)[→熊野川


【前説】
大学時代,泉南地区出身のゼミの友人が,難波(ミナミ)の事を小さい頃なんであんな北にあるのにミナミやねんと思ったと云ってたけど,今,奈良県民になっ てみるとなんであんなミナミにあ んのに 北山やねンと突っ込みたい気分満々の北山川である。和歌山県には飛び地があることで有名だが,それこそが北山川の由来ともなったと思われる東牟婁郡北山村 (因みに和歌山県にあるのが東牟婁郡と西牟婁郡で三重県にあるのが北 牟婁郡と南牟婁郡である。牟婁郡は紀伊南部の宏大な地域だったようだ。似たようなのに東葛飾郡(千葉県),西葛飾郡(茨城県),南葛飾郡(東京都),北葛 飾郡(埼玉県),中葛飾郡(埼玉県)ってのがある(足立も本来大宮とか浦和である。嘗ては湿地で何も無かった葛飾も広すぎw)で あるし,更に,奈良県 にも北山はあって,吉野郡上北山村と吉野郡下北山村で ある。葛飾が下総と武蔵に宏大に拡が る地名なのに対して北山は大和と紀伊に跨がってゐる地名のようだ。生駒には俵口と南田原と北田原が,四條畷には上田原と下田原と(新興住宅 街の)田原台が ある。探せばあちこちに分断地名はありそうである(wikiに 寄ると元々葛飾は全体が下総で(恐らく江戸幕府による江戸の都市圏の拡張に伴い)江戸時代初期に西半分が武蔵に移されたとのこと。牟婁郡も元々紀伊国とし て一帯だったのが分割されてしまったが北山は郡どころか国を超えて拡がっていたということか?それとも加古川とは無関係の加東・加西[→加古川]みたいにたまたま?北山村も昔は吉野郡所属だったりしたのかも。[wiki] で調べた所,上北山村と下北山村が嘗て(古代)は牟婁郡所属でその後[いつだ?]吉野郡に編入されたとこのこと。また北山村は少なくとも近世は新宮藩領 だったそうな[wiki]。)。

詰まり,ミナミが梅田に対するミナミなのに対して,こちらはこちら(北っての)は材木の集散地新宮からみた地名であり,今でこそ本州の南の最果ての感じが しなくもない新宮であるけ ど当時は廻船で江戸にも大坂に も直結してた物流の重要拠点だった筈である。明治の県再編に際しても新宮の属する和歌山県の飛び地が発生する位であり,今よりは格段に求心力は高かったの であらう。

【新宮川水系開発】   
>熊野川水系における河川開発計画は、1937年(昭和12年)に 当時河川行政を管轄していた内務省が全国64河 川を対象に河水統制事業の 調査河川の一つに選ばれたことより始まる。東京帝国大学教授・内務省土木試験所長であった物部長穂が提唱した「治水と利水を統合した、水系一貫の河川開 発」、すなわち河川総合開発事業が国策として推進されたことによるものである。熊野川は内務省大阪土木出張所が調査を行う河川として予備調査が開始された が、その後の太平洋戦争によって調査は進捗しなかった。[wiki]
>戦後…経済安定本部は中断していた河川総合開発事業の 再開を図り、1947年 (昭和22年)に24河川を対象とした調査が行われた。この際熊野川は建設省と農林省が共同で調査を開始した。農林省について は熊野川本流上流部を紀の川と連絡水路でつなぎ熊野川の水を紀の川へ分流させる計画を立て(→猿谷ダム)、建設省はアメリカのTVA(テネシー川流 域開発公社)方式である多数の多目的ダムを熊野川本流および北山川に建設し、治水と灌漑、水力発電を行おうとした。[wiki]
>この「熊野川総合開発計画」は熊野川本流に三箇所、北山川流域に五箇所の多目的ダムを建設する壮大なものであった。この内北山川には上流より前鬼口ダム、北 山ダム、大沼ダム、小松ダムの四ダムが計画され、北山川支流の東ノ川に大瀬ダムが 計画された。この中で最上流部に計画されていた前鬼口ダム(ぜんきぐちダム)が池原ダムの原点である。規模は高さ95.0メートル、総貯水容量2,950 万トン(とは註:ちいせえw)の重力式コンクリートダムであった。調査は1949年(昭和24年)に 本格化したが、予測された総事業費約450億円(当時)に対して完成後の治 水、かんがい効果がわずかであることが判明。費用対効果のバランスが著しく欠けることで「熊野川総合開発計画」は1953年(昭和28年)をもって 中止され、上記のダム計画も全て中止された。… こうして建設省による「熊野川総合開発計画」は頓挫した[wiki]

>豊富な水量が流れる熊野川は水力発電の適地として古くから開発が計画されてきたが、開発に必要な道路の敷設を阻む急峻な地形や、流域が奈良県・三 重県・和歌山県という3県をまたぐ関係で水利権の取得や補償の手続きが困難で、さらに日本国指定名勝・天然記念物の瀞八丁を初めとする豊かな自然環境を保 護しなければならない、といった課題を抱えており、長らく実現を見なかった。…[wiki]

>1950年(昭 和25年)に熊野川水系は国土総合開発法に基づき吉野熊野特定地域総合開発計画の対 象区域となり…1952年(昭和27年)には電 源開発促進法の成立により公営企業である電源開発が誕生したが、電源開発は建設省が(1953年に熊野川綜合開発)計画を中止した後も水力発電単独で調査 を進めた。 [wiki]
>戦後の電力不足を重く見た日本政府は、1952年(昭和27年)第3回電源開発調整審議会(電調 審)で熊野川の開発を電源開発にあたらせることとした。先にアメリカ合衆国海外技術調査団 (OCI) が実施した調査を踏まえ、予備調査を実施し[た][wiki]
>調査終了後1954 年(昭和29年)7月に第15回電源開発調査審議会が開かれ、席上10地点の水力発電所からなる「熊野川開発全体計画」が策定さ れた。この計画では建設省が中止したダム計画八箇所のうち六箇所を引き継ぎ熊野川本流筋に風屋ダムと二津野ダム、北山川筋に池原(旧・前鬼口)、七色 (旧・北山)、奥瀞(旧・大沼)、大瀬(とは註:その後の阪本と思われる)の四ダムを建設。さらに大瀬ダムから流域変更を行って三重県尾鷲市を流れる銚子 川の支流・又口川を経て熊野灘へ導 水、この間に二箇所の発電所を建設。熊野川本流に建設省が施工を進めていた猿谷ダムでは紀の川分水を利用して二箇所の発電所を建設するという壮大な計画で あった(とは註:この計画が現在全て実現していてこの地域の骨格をなしている)。 [wiki]
>候補10地点のうち十津川第一・第二発電所を含む4発電所(他は尾鷲第一・第二発電所)が着工準備地点に指定された。[wiki]
>この内熊野川本流筋の風屋・二津野ダム、及び紀の川分水に絡む西吉野第一・第二発電所、そして尾鷲分水に絡む東ノ川の大瀬ダム[7]がまず着手さ れ、続いて北山川筋の池原・七色・奥瀞三ダムからなる水力発電所群が着手されたのである。池原ダムはこれら「熊野川開発全体計画」における最大、中核の施 設として計画された。 [wiki]


【最奥部・伯母峰】    
さて北山川の最上流は伯母峰・大台ヶ原・行者還岳一体である。
伯母峰はR169の改良が進み,吉野川源流の川上村側にはルー プが出来たりしてるが峠にには新伯母峰トンネルが穿たれ峠へ向かう旧道は大台ヶ原へ向かう県道(主要地方道r40大台ヶ原公園川上線)としてそのまま 使われてゐる。ただ峠付近の伯母峰隧道は本来の県 道のトンネルも並行して建設され(これは何故??)御母峰隧道は下の写真の様に廃 トンネルとして使われないまま壮絶な姿を道路脇に晒しており,また上北山村側旧国道は村道に格下げられながらも残っている。
21.5
この新伯母峰トンネルは今では狭隘な侭使われ続けている新天辻トンネル(猿 谷 から西吉野への導水に平 行するR168のトンネル・改良工事着手済み)なんかよりもよっぽど広く完成形かと思いきや
>老朽化が進むとともに、建築限界未確保のために 大型車同士のすれ違いが困難で利便性・通行性の面で問題を有しています
出 典:国交省
とされ直轄権限代行で長大なトンネルをぶち抜く計画らしい。どうせ大して大型トラックなど走ってない(まあ観光バスは走るが。。)のだし今でも改良が進み めっちゃ快適な国道なんやし後回しでもええやろとは思うけど2016年着手とのことで,その内着工され竣工してしまいそうである。どないなっとんねん。奈川渡ダム付近のR158とか狭くて仕方がないがあちらは観光バスなどガンガン走るし寧ろBP 工事着 手は遅きに失した位である。
21年のGW中に通りがかった時[→神童子等に寄った時]は猛烈なスコールと共に雹に 降られてまあ気候が厳しい所ではありそうだった。。

行者還岳の方も伯母峰同様,一寸離れた所を国道であるR309が 行者還トンネル で山をぶち抜いてゐる。R309は天ヶ瀬川と北山川の分岐(EL473m) 付近で分岐し行者還岳に取り付いていく。
山の向こうは熊野川の源流の天ノ川の更に源流の川迫(こうせ)川源流[電力総研]で あ る。
こちらはR169とは打って変わって未改良の所謂"酷道"で,一寸前は林道(の国道としては未開通or山道を措定区間)だったのがいつのまにやら指定され ている。国道指定というのはマニアが国道なのに超酷い道だよと痛いこと云って喜ばせる為に指定されているのではなく,地元に改良しろと国へのゴネ得を許す という国からの許可なのである(詰まり改良された良い道を指定しても余り意味はないので酷い道なのがデフォなのだ。国道が良い道だってのは改良済・税金 投入済のやつしか見たこと無いということなのである)が,幸い今の所具体的な改良計画は流石に無い模様である。

残る大台ヶ原方面へは直接の国道・県道は到達していないが,小橡川を遡るr226大台河合線と云う様に,上北山村の中心聚落河合(EL317m) から大台ヶ原迄,実は,至る県道(一般地方道)であり,しかも指 定は山道でちゃんとされてる[道路族]のだそうな。この県道は小 橡川が左又谷と右又谷の二又に岐る[地理院]ちょっと手前で橋を渡り右又谷を進むのであるが,左又谷を進むのが林道辻堂山線であり,この道路は暫 くすると敢然と斜面に取り付いて上がりだして(こ のヘアピンを曲がる…というか直進方向はほぼ廃道ですな。。),これを通ればr40大台ヶ原公園川上線に出ることが出 来,クルマでの大台ヶ原到達を可能にしてくれている。
大台ヶ原は曽爾高原同様なかなか高原的にも名前的にも萌えるが,その観光地を道路が一生懸命目指しているのも萌える物がある。大台ヶ原を奈良県側から目指 す道路にはもう一つ本沢川を遡るr224大台大迫線もあり,こいつの点線は三重県境の大 台辻まで続いている[wiki] のに惜しむらくは三重県側に対応する道路がない(書類上だけでいいのに・・)ことである。三重県側にはその名もずばりのr53大台ヶ原線と云うのがあるが宮川流域[電力総研]であり,宮川第三発電所辺りが終点というか起点[wiki] なのだそうな。自然保護派としては大台ヶ原に車道ぶち抜き等許されざる行為だとは思うけどせめて三重県道r53と奈良県道r40を繋げて1本の県道に指定 して山道を書類上県道指定して1本に繋げて置いて欲しかった。行政の仕事って本来そういう(ロマンある)ものではなかろうか?(笑)

【天ヶ瀬出合】   
閑話休題(それはさておき),発電所の最奥は白川[→後述] である。最奥と云っても放水は北山川 318mでありこんなとこは既に池原ダム湖畔なの である。これ位で可 能になるなら他でも行けるであろう。いつか検討してみたい。→調べてみると意外になくて白川発電所の34km2ってのはなかなかの様だ。とは言え規模は小 さい。
起点になりそうなのは北山川の天ヶ瀬川出合である。天ヶ瀬川を遡上すると行者還トンネルを経て川迫ダムである。
EL.473mの 川床面を橋の上(EL.500.4m) から見下ろす。少々水を貯めても大丈夫である(笑
又実際には此処より一寸上で取水しないと一応の高落差の目安となる200mの有効落差が穫れない模様[→こんな私案と なった]
24.11
R169にR309が合流する地点でもある。
24.11
ここで川は残り34km2程度。隣の小橡川なんかを含めても15km2程度だから50km2弱であり,放水先は池原ダム(HWL=320m)だから 150m程なのである。

〜天ヶ瀬谷〜





〜泉谷〜
吊り橋のすぐ脇で北山川に流れ込む泉谷。道のすぐ脇に滝が。地図に書いてある白滝なのか?
24.11


この辺は下田という聚落らしくてバス停。
デザインが明らかに奈良交通(鹿写っちゃってますやんw)なのに「ゆうゆうバス」とか書いてある。
奈良交通が路線バスから撤退した後,コミュニティバスへの運行に移行した事が窺われる。
24.11


泉谷出合の一寸下の辺の風景。晴れてるけど結構水量はある。
24.11


〜小谷川〜
砂防指定地らしいが。。
24.11

<河合>
上北山村の中心街である。
天川の中心街も川合だったが,こちらは北山川と小橡川の出合。
24.11
小橡[→こちら]への県道も分岐
24.11


【北山川上流部開発】[→開発篇]  

この河合辺りに向けて上流で取水して発電したい。が,狭いし低いしで,なかなか苦労した。一応こんな感じが成案かな。
天ヶ瀬出合より上流,天ヶ瀬川と北山川,更に小橡川上 流などから取水するプラン。

まあ52km2程度で大台ヶ原補正掛けて水量8.0m3/sとかでやって落差190mで13.0MW位は行けそうなのでこれで十分な気もする。

[私試案]奥北山川発電所   
出力:14,600kW[+14.6MW]
水量:8.6m3/s[1.65]
落差:200m
流域:52.2km2
導水:12.7km[1.02]
取水:・小谷川・天ヶ瀬川・北山川・一ノ谷(株ノ谷出合)・小橡川[左又谷,右又谷] 6箇所 524m
放水:北山川[池原ダム]314m



〜小橡川〜    
河合集落付近で合流。というか一山西の天川もそうだけど川の合流点が 中心聚落になりがちなのであろう。
いざ,入川(釣り人や沢登りの人と意味が違うw)。
24.11

早速香ばしい感じになってきた。後南朝の史跡だそうな。
24.11



北山宮にあるスルーしたなんでもない支流の分岐。[→ グーグル
この手前に東 ノ川河合線の分岐(の計画or道路指定?)[→ 道路族]があったらしい。こ れとか?

砂防堰堤?


左又谷・右又谷出合手前にある道路の分岐と橋(EL.428m)

下流の眺め

川の出合付近。画面奥が左又谷

道も悪くなってきたので引き返してきた。

グーグルカーはこ こまで来ている。地理院だと恰度道 が細くなって温泉がある辺りだが,ストビュウに温泉らしきものはないよねぇ。。
地図では計画ではクラガリ又谷の出合で道が終わっており,計画では県道大台河合線はそこからクラガリ又谷の方へ登っていく計画らしい。詳しくは此 処参照[→道路族『上北山村の盲腸県道2題』]。




こ の辺からみた北山川(EL.320m程度)。凄い土砂の堆積である。砂 利工場[G]も立地している。この320m池原ダムの満水位(堤頂標高:321.0m/満水位標高:318.0m→池原ダム諸元)を見るにほぼバックウォーターである。


〜白川又川 〜   
山行が
>「一に池川(いけごう)、二に前鬼、三に白川又(しらこまた)、四は四の川」と古くから北山地方でいわれる池川(地図の池郷川)
との記述(『大峯の山と谷』からの引用)があってここ今は兎も角本来は「しらこまた」と呼ぶらしい。地理院の地図に振り仮名は振ってないし,発電所の名前 も「しらかわ」の様だし(三浦 ダムも「みうれ」とは呼ばない[雀]国鉄みたいな中央集権的な関電である),現在では廃れた呼び名かも知れぬ。

直ぐ北側の小谷川からも引っ張って来れそうではあるけど狭い。。(3.8km2)


やる程のことはないか。。[→後に検討


白川発電所[水力[訪問]   
関西電力(株)
運開:1921.10[大和電気(株)]・1964.4:設備改修
水路式・流込み式
認可最大出力:2,900kW      常時出力:820kW[28.3%]
最大使用水量:2.20m3/s [0.65]
有効落差:159.10m
流域面積:33.9km2
取水:白 川又川488.77
放水:北山川[池原ダム]318.00m

21.5
水利標
24.11

発電所前バス停。ずらっと数字が並んでいるように見えるが一日一本であ る,,全バス停の時刻が載っているようだ。
土休日は大淀バスセンターという納得の行き先なのに対して平日の福神駅行きってなんだと調べて見ると吉野口にも近いこ こ[G]であった。
南和広域医療企業団 南奈良総合医療センターが駅前にあって,要するにおじいちゃんおばあちゃん達の通院用に設定されているということらしい。
駅近に病院を作るのは非常に良い。粟生線苦戦してるんだし北播磨綜合医療センターは粟生線沿いに作っとけよなぁ。。

さて21.5は息子連れでこの辺迄来て夕方になってだったか中途半端にも引き返したが本日(24.11)は1人でまだ昼過ぎ,時間はたっぷりある。行ける とこ 迄行きたいと思う。

和 歌山県の資料に拠るとこのまさに白川谷辺りの大峰山脈あたりに3,000mm/年の島がある。白川の水は豊富なのであろう。
自然破潰にはくれぐれも気を付けたいけど,恐らくこの辺の雨は亜熱帯風にスコールみたいにざっと降って直ぐに山を駆け下ってしまうのではなかろうか?
調整池をつくって貯めて出力倍増とか出来ないかなぁとも思ったり。


 
【大峰山脈東部開発】   

南側から西側にかけて一寸流域が拡がって居る。[→開発篇]


なんとこの辺にあるのが不 動七重の滝かっ!
大学時代,サークルの夏合宿の帰りにだったか有志でのドライブだったかクルマで立ち寄って対岸の道路からみただけだけど結構迫力あった

【北山川上流部開発】[→開発篇]
上流部,なかなか苦労した。

まあ52km2程度で大台ヶ原補正掛けて水量8.0m3/sとかでやって落差190mで13.0MW位は行けそうなのでこれで十分な気もする。

[私試案]奥北山川発電所[大]
出力:14,600kW[+14.6MW]
水量:8.6m3/s[1.65]
落差:200m
流域:52.2km2
導水:12.7km[1.02]
取水:・小谷川・天ヶ瀬川・北山川・一ノ谷(株ノ谷出合)・小橡川[左又谷,右又谷] 6箇所 524m
放水:北山川[池原ダム]314m




〜東ノ川〜    
池原ダム付近で北山川へ流れ込む支流が東ノ川である。今では坂本ダムで川は完全部分断されており水は尾鷲に送られて発電に使われてい る。
東の川と書いて「うのかわ」と呼ぶ地名が近くのどっかにあった(さっき見たばっかりな気がする)[→川上村やっ]けどこっちは「ひがしのかわ」なのかな? →うのかわっぽい。なんで東で「う」やねんってことだけど卯(真東の方向)ということらしい。


廃村の無人地帯,東ノ川 [wiki]である。随分後迄簡易郵便局などは残っていたそうな。
上述のr266大台河合線と同様に,r228東川河合線指 定は山道でちゃんとされてる[道路族]のだそうな。
東ノ川は集合地名であり大字そのものは小橡なり河合なりに分割されていたようだが個々の聚落はダム建設が直接の契機となりいずれも廃村になっている様だ。
 またこの辺は新宮ではなく尾鷲の影響が強いようで尾鷲へ出て行った人が多かったそうな。今は尾鷲へは狭隘な道路がR425に指定されている (不通の時が多い)。
水も尾鷲に送られて発電に使用されている。

坂本(さかもと)ダム[水力]     
電源開発(株)
目的:発電
着手/竣工:1959/1962
堤高:103m、堤頂長:256.3m
総貯水容量:8,700.0万m3 /   有効貯水容量:6,800.0万m3
流域面積:101km2 /    湛水面積:2.59km2
取水:東 ノ川古 川西 ノ谷など
放水:尾鷲第一発電所21m3/s

坂本ダムは新宮川水系の東ノ川上のダムであるが,ダム直下は既に池原ダ ムとなっている様子は地図から も解るが,特に河川維持放流等は行って居らず池原ダムの渇水時には無水区間があらわれるのだそうな[ダムの風景]。完全に河川 がここで分断されていて,ここからは尾鷲第一・第二発電所を通じて又口川側と直結しているということらしい。
大台ヶ原を中心に流れ込む使い切れない程の豊富な水は新宮川水系からダムで堰き止め違う水系で有効活用すると云う姿勢は猿谷ダムと西吉野導水と似たものがある。
また太平洋直送という意味では宮川第一・第二発電所と被る。あちらは途中に調整 池すらない 直下型で松尾川第一・第二発電所に似ているがこちらは途中でもそれなりの調整池(V=690万m3)がある贅沢な造りである。

〜又口川〜<尾鷲第一発電所・クチスボダム・尾鷲第二発電所>   
 坂本ダムの6,800万m3を有効に使い切る為に流域101km2に対して21m3/sと高めの取水量である。
山の中を取水路が走り回っている(様に見える。慣れるとそんな多くはないことが解る。)
宮川銚子川含めて地図に記載するとこんな感じ。



  • 電源開発(株) 尾鷲第一発電所[水力
    運開:1962.4
    ダム水路式・貯水池式
    認可最大出力:40,000kW/常時出力:10,900kW
    最大使用水量:21.00m3/s
    有効落差:225.30m
    導水路:総延長10723.4m 放水路:総延長5.7m
    流域面積:101.0km2(坂本ダムのみ・銚子川水系は含まず)
    取水(387.5m):新宮川水系東ノ川[坂本ダム(古 川取水口)]、銚子川水系不 動谷(389m)古 和谷(441m)
    放水:又口川[尾鷲第二]133.00m

    こ の橋の上からの尾鷲第一発電所遠望。有効落差200m超は伊達じゃないな!じゃばじゃば水が排出されてるようで発電していたようだ、ヨシ♪
    21.9

    不動谷付近で銚子川第二発電所と交錯する。

    クチスボダム[水力][場 所
    電源開発(株)
    着手/竣工:1959/1961
    堤高:35m、堤頂長:98m
    流域面積:131.0km2(直接・間接として坂本ダムから101km2や銚子川流域からも尾鷲1PSを介して流入)
    総貯水容量:1,960.0万m3 /   有効貯水容量: 690.0万m3 /取水量:25m3/s (76h40m分)
    流域面積:131.0km2     湛水面積: 0.21平方キロメートル



    尾鷲第二発電所[水力
    電源開発(株)
    運開:1961.9
    ダム水路式・調整池式
    認可最大出力:25,000kW/ 常時出力:5,600kW
    最大使用水量:25.00m3/s
    有効落差:120.92m
    設備
        水車:フランシス・出力27000kWラ1台
        導水路:総延長2403.4m
        放水路:総延長1438.9m
    取水:尾鷲第一発電所、又口川[クチスボダム](137.00m)
    放水:中川水系中川(二級水系)(6.05m) →海!

    ぐちゃぐちゃに入り組んだ尾鷲市近郊(市街地の外れと云った感じ)の山裾に尾鷲第二発電所はあった。


    中川 発電所直下の様子。25m3/sがうねりながら海に流れてる感じでは無かった。やはりピーク電源用ということか。

    直接流域は131.0km2のクチスボダムを尾鷲第一以外にも水源としているがその分の上乗せが4m3/sということか。
    一寸少ないような。。

  • 詳しくはこちらで。
    東ノ川上流部開発[→こちら参照]
    この辺の道路も興味深い。例えばこ んな感じ[とは掲]。県道の未成線の地図はこ ちら[道路族]

    池原(いけはら)ダム水力] [便覧][現地看板]  
    河川     新宮川水系北山川
    目的/型式     P(池原発電所342.0m3/s) /ドーム型アーチ
    堤高:111m、堤頂長:460m
    容量 総貯水容量:3億3,837.3万m3 /  有効貯水容量:2億2,008.3万m3
    標高 堤頂標高:321.000m / 満水位標高:318.000m / 低水位標高:283.000m
    面積   流域面積:300km2[直接:277km2/ 間接: 23km2(?) →池郷川]  湛水面積: 8.43km2
    洪水吐:シュート式4門 巾15.0m 高さ16.8m 計画洪水量:6,700m3/s
    事業者: 電源開発(株)
    着工/竣工:1962/1964

    地図なんか見ても,もう巨大すぎて,水ばっか貯めてないでもっと発電所多くした方が良かったんちゃうのっていう印象を受けるw
    ダムの活躍ぶりはこのブログのエントリー[台 風一過の池原ダム]がアツかった!奈良の人みたい。

    ダム遠景/堤体近影


    ダム天端 普通のダムは可成り狭いのが通例だが可成り広々している。流石の貯水量である。


    ダム余水吐遠景/近影


    発電所説明書き…なんでこんなに変な写りに成ってしまうのか。。デジカメの品質低下著しくない?以後はタブレッ トに付いてるカメラで代替する事に使用と思っている。
    概ね読み取れはしたので発電所諸元に反映はしている。


    発電取水塔
    説明書き…3号・4号取水塔は表層水選択取水機能を付与して後付けて改修されたようである。


    取水塔の様子…左側が1/2号,右側が3/4号取水塔のようである。同型のコンクリート製取水塔4基があったところ規模の大きい3・4号機の2基分(白い 建物)を既存取水塔の前面に新しく建設した様である。


    〜備後川〜
    24.11
    池原ダムに流れ込む谷の一つである。一寸標高が高いので調べてみた。
    474m水準で池原ダム315mにぶち込む。

    縮尺の関係で広く見えるが兎に角狭いので集めまくった。大又川は熊野川流域だけど七色ダムで合流なので池原の水量増やせてるのもポイント。
    28.8km2で3.5m3/s程確保。発電所〜備後川(朴ノ木川出合)で5.8km。ちょい厳しいな。。



    从(じゅう)来型の発電効率85%と流域面積に対する水量に一寸強気の3.5m3/sで4,500kW。
    新型の発電効率87%と近年の流域面積に対する多めの水量(+多雨地域補正)で4.0m3/sで5,200kWとなる♪


    [私案]備後川発電所
    出力:5.200kW[+5.2MW]
    水量:3.5m3/s
    落差:155m
    導水:
    取水:
    放水:池原ダム



    〜池郷川〜[→大峰篇池郷川]    

    池郷川の北山川の合流部(今は分断されてるので池原発電所の放流口のある所まで池郷川なのかもしれないけど,本来の北山川と池郷川の合流部)にほど近い, 小又川 (小又谷=地理院)が池郷川に合流する地点に小水力の小又川水力発電所があるらしい。
    場所はこ こ(地理院)のようだ[山行が]  26,7末に初到達。

    〜小又川〜    

    小又川水力発電所[山行が][コープエナジーなら][→大峰篇
    最大出力:179.7kW(もともと98kW)
    周波数:60Hz
    最大使用水量:0.281m3/s 常時使用水量:0.100m3/s
    有効落差:82m[看板] 総落差?:98m 
    年間発生電力量:1,030MWh
    運開:1993(〜2018)村営・2019下北山村とコープで協定を締結・2020改修工事竣工
    取水:小又谷[砂防堰堤(こ れかな?)]
    放水:小又谷(池郷川合流部)(211m程度)

    設置にえらい苦労したらしい。。
    【発 電の為の水使用の壁】→こちらに移転]     

    建屋
    26.7


    さて,これ以上池原の水を増やしてどうすんのと云われそうだが池郷川315m付近から池原に導水できる。23.1km2

    741m地点に9.8km2の水源もあり。約1.2m3/sぐらいか?池郷315mに落とすと3,200kW。ありかも。

    それやるなら隣の風屋ダムへの導水路がある滝川からも取水出来そうである。詳しくはこちらで検討

    で,よくよく見て見ると池原ダムの諸元に謎の 間接 流域23km2 があるんじゃけど。。しつこいけど詳しくはこちらで検討w。

    池原発電所の横付近(この辺)から見える池原ダム余水吐の勇姿


    池原発電所[水 力]現地看板]          
    電源開発(株)
    運開:1964.9
    ダム式・混合揚水式
    認可最大出力:350,000kW       常時出力:14,000kW[40%]
        1・2号機:72,000kW×2基+3・4号機:103,000kW×2基
    最大使用水量:342.00m3/s
    (最大)有効落差:120.50m
    喞筒水車 立軸渦巻フランシス型喞筒水車 1・2号機 80,000kw×2  3・4号機 110,000kw×2
    発電機 1・2号機 78,000kVA 3.4号機 110,000kVA
    取水塔
    水圧管路 
    放水路 開渠1,431.4m(放水庭77.1m含む) トンネル部300.5m  底巾18.0m

    上部調整池:北山川[池原ダム]318.0mm
    下部調整池:池郷川+北山川[七色ダム]190.0m

    もう昭和30年代も終わりに近い39年運開だとこんな感じで愛想の無い閉鎖的なロケーションで発電所を眺めること能わず。
    勿論,無愛想なのはどうでも良い要素で頼もしい350MWという高度成長期をになうに相応しい規模の発電所である。


    池原発電所放水口[こ こら](こっちは何だ?)[→発電所諸元→ダム諸元
    この辺はもう七色ダムのバックウォーターである。
    これは1,2号機用の放水口かも。3,4号機は揚水しなくちゃ行けないのでもっと深い場所から吸うかも。
    ただ木曽ダムと三尾発電所とか,繁藤堰堤と穴内川ダムみ たいに混合揚水なので下池の水深低くても行けるのかも。その場合はこれで十分?
    此処で吸うだけとなると吸い上げる対象の水は池郷川や小又川など流域僅少となりそうだけど,,


    七色          
    ダム湖がうねっていてどういう形状か把握に戸惑う。
    大 又川の入江に沿って道路があって,北 山川に沿っては道路が無い辺りがその理由である。
    また池原方面から七色ダムへ向かうと湖岸沿いよりも和歌山県あるあるの所々に長大トンネルの不 動峠経由をナビには指示されたりする。蛇行の著しい北山川のなせる技である。

    大又川の眺め[場 所


    七色(なないろ)ダム水 力便覧][wiki
    河川    新宮川水系北山川
    堤高/堤頂長/堤体積    61m/200.763m/157千m3
    目的/型式    P/重力式アーチ
    流域面積/湛水面積    462km2(全て直接流域)/332ha(3.32km2)
    容量 総貯水容量:6,130万m3/有効貯水容量:1,070万m3
    標高    満水位標高:190.00m /    低水位標高:186.50m (利用 水深3.50m)
    ダム事業者    電源開発(株)
    着工/竣工    /1965

    池原発電所の揚水の下部調整池でもあるし,逆調整池でもあり,七色発電所の調整池でもある。文字通り池原とセットで機能している。

    七色発電所[水力
    電源開発(株)
    運開:1965.7
    ダム水路式・調整池式
    認可最大出力:82,000kW      常時出力:9,900kW
    最大使用水量:140.00m3/s
    有効落差:69.30m
    河川維持水使用分
       最大使用水量:2.30立方メートル毎秒
        最小使用水量:0.23立方メートル毎秒
    取水:北山川[七色ダム]
          取水位標高:190.000m(七色ダム満水位)
    取水口呑口標高:178.000m(上向き呑口上端)
         水車中心標高:116.000m
    放水:北山川(113.00m・小森ダム満水時118.0m)







    七色発電所放水口[場 所



    小森(こもり)ダム[水力][便覧
    電源開発(株)
    目的:発電
    堤高/堤頂長:34m/154m
    流域面積/湛水面積:564km2 ( 全て直接流域 ) /113ha
    総貯水容量/有効貯水容量:     970万m3/470万m3
    着手/竣工:     1963/1965
    満水位標高:118.00m

    小森発電所[水力
    電源開発(株)
    所在地:三重県熊野市紀和町小森
    運開:1965.8
    ダム水路式・調整池式
    認可最大出力:30,000kW  常時出力:12,000kW
    最大使用水量:74.00m3/s  (常時水量:29.6m3/s程度か)
    有効落差:49.0m
    取水:北山川[小森ダム](118.0m)
    放水:北 山川[放水口](65.43m)→地 図上だと81.2mに見える。。実際の放流先はこ の辺(66.2m)か?→探してみたら矢張り弯曲をもう一つ超えた此 処にあった。

    元々奥瀞ダムとして計画されたが国立公園内の開発であり,当時環境行政を担っていた厚生省の反対で自体は膠着(竣工は昭和40年と既に40年代。高度成長 に伴う環境破潰と環境意識の高まりが早くも感じられる),結局,当初地点より11km(11km下流 だと上 瀞のこの辺(EL.60m)か?)移転させて発電 規模も40MW減らしたのが小森ダムと小森発電所とのこと。そして小森ダムには瀞峡の景観保持という観点から河川維持放流を常時行うこととした。先駆的な 試みであった。[wiki

    小森ダムは前回行ったとき(写真行方不明)は直ぐ目の前まで行けたのに今回(26.7)は奥瀞道路の建設も進んだせいか矢鱈立入禁止のアピールがしつこく て入れなかった。。

    ダム湖岸から遠景
    26.7

    看板


    遠景…アップして気付いたけど水門の下の床の部分の形が違う?画面右手は普段は閉じてる感じ?


    【発電】
    小森ダムに向けて発電出来る。


    [私案]葛川発電所
    出力:7,000kW[+7.0MW]
    水量:3.5m3/s
    落差:235m
    流域:22.8km2(=17.2+5.6)
    導水:6.8km+4.8km=11.6km
    取水:四 ノ川雨 谷葛 川熊 谷立 合川 360m
    放水:北山川[小森ダム]118m

    葛川からは小川堰堤(芦廻瀬川)経由で十津川第一へも送れそうで,そっちだ と十津 川第一・第二と発電出来る強みはある。
    こちらが有利っぽいのでこちらを優先する。
    "優先"とは言っても導水距離がやや長過ぎはする。小森の有効落差もそれ程デカくはないのでボツだな。


    小松
    地図上の放水口付近。矢張り何も無いように見えると云うか小森発電所脇をぶち抜いて建設されている奥瀞道路(V期)が奥瀞道路の既設部分と接合する部分に なってて工事たけなわであった。


    小森発電所放水口[→小森発電所][此 処
    放水工をみに26.7に接近。未舗装道路を此 処迄行ったが画面左手,川面に降りて行く道路には遮断機が下りていて親友は叶わなかったが小森発電所の放水口と明記されていた。

    電発も含んだ看板に放水口と明示されている。

    右側の道はゲートは無いものの荒れ放題でとてもクルマで進入出来る感じでは無いが,結構しっかりした道幅でガードレールもあって,嘗て下流方面から小松聚 落へ通じていた車道?
    東野トンネルのくぐる山の上にある東 野聚落(廃村?)の方迄破線で地図では今も一応繋がっている。もう殆ど通る人は居なさそうであるが。。
    R169の旧道だとすると小松から先の経路が不明である。

    左下に見えるのが放水工への道路。
       
    この小森発電所,564km2に対して最大使用水量が74m3/sもあるけど,多雨地帯であるのもそうだけど,池原ダムの膨大な貯水量を受け止めるべく最 大使用量を確保している感じも強 い。小森ダム・七色ダムで受け止める感じであろう。

    この下瀞峡の下と玉置川55mで取水して北山川36mぐらいで75m3/s使って発電したい。
    落差15m,水量75m3/sで発電出力は9,300kW[+9.3MW]位にはなる。熊野 川の項 と要調整である。

    玉木口付近(下地[地 理院(EL.53m)])の川縁の様子。G ストビュウには瀞峡巡り乗船場とある。こんな素朴な船乗り場?!
    ★★

    寂れた感じの東屋があって瀞峡観光マップ(交通案内図)が掲出されていた。
    東中経由で滝(十津川第一発電所付近・R425がR168にぶつかる場所)とか玉置(たまい)の奥から津風呂野ダム端の平谷(R168からR425が分岐 する場所)とかに抜ける道が描かれており興味深い。
    26.7
    ジェット船という記載も見えるがググってみると
    >瀞峡(どろきょう)のウォータージェット船事業は、2011年の紀伊半島大水害以降の土砂流入や施設老朽化などの理由により長期休止を経て、 2025年4 月10日付で正式に廃止されました。
    とのこと。15年位までは走ってたそんなに古い内容では無いようだ。調べて見たら苦渋のニュースリ リース[熊野観光開発]も発見。。休止は災害後10年程経った2021年の様だ。
    >2011年の「紀伊半島大水害」以降、ウォータージェッ ト船が航行する熊野川及び北山川に流入する土砂が年々増加し、航路の維持作業にかかる労力が過大となり自社では航路整備が困難となったこと 等により、2021年1月1日から現在まで、ながらく事業を休止いたしておりました。
    2011年の「紀伊半島大水害」以降、ウォータージェット船が航行する熊野川及び北山川に流入する土砂が年々増加してるんだな,,二階さんの活躍(暗 躍?!)を以てしても砂防事業・治山事業が遅れてんのかな。。

    記事もあり,結構立派な船だったんだな。[→瀞峡巡りの里熊野川

    ここのは瀞峡巡りでさっき見えた発動機の着いた小舟で峡谷迄遡上して往復してくるルートらしい。この直下で取水する予定の我が北山川発電所構想(妄想)と完全に棲み分け可能だなっ(笑)

    葛川
    その看板にも書かれてた東中はこの葛川に沿って辿り 着けるようだ。
    やり過ぎな新道からの旧道の眺め。旧道も結構ダイナミックである。


    玉置川
    奥瀞道路(R169)のやり過ぎな高架橋から眺める玉置(たまい)川と下からの玉置川と橋脚。
    26.7

    梅雨明けの8月間際の南紀の川は結構乾涸らび気味?!砂利が目立った。。川を遡ると峠を抜けて地図上では十津川の折立へ抜けられるようだが。。

    四滝川[地 理院]
    遂にワジ(涸れ川)迄現れたw
    ★★
    もっと上がれば地表を流れる水も復活するのかも知れないけど直ぐ引き返してしまった。河床は礫質で水が伏流し易そうではある。。
    ただ十津川第二発電所の補水源として可能な位置関係にはある[→熊野川開発篇]がこれ は躊躇せざるを得ない。また次の機会にはもっと上流迄遡ってみたい。

    河合
    北山川と熊野川の合流点。
    付近にある砦跡の看板に拠ると,この辺は元々河合村と云ったが寛文年間に小 船・宮井・相 須の3ヶ村に分かれたのだそうな。寛文年間(1661-1673)に何があったんだ?
    全部熊野川の左岸にあるけど小船だけ北山川の左岸にあって今は直接は行けない。
    ググってみると『紀伊続風土記(きいつづきふどき)』というのが一次資料で,中性の惣村体制が,江戸期に年貢徴収の都合などで細かく分けられたというよう なことがあった様だ。

    北山川右岸からの河合部分の眺め。この辺に熊野川発電所の取水堰を建設したい。
    2011年の半島豪雨以来土砂の流下が酷くて堆砂が進んでいる様なので土砂吐をしっかり整備する必要がありそう。


    熊野川に架かる宮井橋からの河合部分の眺め


    熊野川右岸からの河合部分の眺め(しつこいw)


    以下,熊野川篇