中 電水力 電 力総研TOP 水力いろいろ
とはずがたり掲示板 (利 水スレ)
大井川水系最奥部水力発電関 連設備
(川口脇野田大井川奥泉・井川畑薙等最奥部寸又川)

下は大井川最奥部でダムを持ち調整や貯水可能な発電所の一覧である。この秘境にも遂に21.8に踏み込んだのだが…。

井川以遠の大井川の調整力を持つ発電所とダム群
発電所名 水車
出力(MW) 水量(m3/s) ダム名 河川名 有効貯水量
(万立米)
流域面積
最大 常時 最大 常時
赤石 1 40.5 0.0 28.00 0.00? 赤石 赤石沢(大井川源流) 120.0 202km2
畑薙第一 2 86.0 1.4 100.0 畑薙第一 大井川源流 8,000.0
畑薙第二 2 85.0 14.7 60.00 12.12 畑薙第二 大井川源流 360.0
井川 2 62.0 13.0 80.00 ?? 井川 大井川源流 1億205 459.3km2






長島 大井川源流 6,800
合 計







井川湖1億205万立米を終点に畑薙第二・畑薙第一・赤石と並べて見るのが今回。
畑薙第二ダムも貯水量は多いけど畑薙第一発電所の揚水用の部分もあるのには注意したい。

出典:関 東農政局(大 井川用水農業水利事業所)

東俣堰堤

西俣堰堤

二軒小屋発電所

田代ダム(→富士川水系早川へ導水)
[wiki]
1902年日英同盟が成立し、日本とイギリスの関係はより親密になった。これを機 にイギリス資本が日本経済にも影響を及ぼし始めた。大井川でも1906年(明治39年)に日英両国の民間資本による水力発電事業が計画された。この際「日 英水力発電株式会社(日英水電)」の設立に向けて準備が行われたが、1911年(明治45年)にイギリス資本は撤退し、日本単独での事業となった。同年日 英水電が設立され、大井川水系初の水力発電所として小山発電所(認可出力:1400 kW。現在は廃止され撤去)の運転が開始された。当時は木曽川や天竜川などで電源開発が盛んであり、より充実した電力事業を展開するために電力会社の合併 が繰り返された。大井川水系関連では日英水電が1921年(大正10年)に早川電力に吸収合併され、その早川電力は1925年(大正14年)に東京電力 (現在の東京電力とは全く異なる。松永安左エ門の東邦電力系列)に合併し、さらに発展して大井川電力となった。
昭和に入ると大井川水系においてもダム式発電所による水力発電が行われるように なった。1927年(昭和2年)、大井川本川源流部に田代ダムが完成し、田代第一発電所(認可出力:6800 kW)・田代第二発電所(認可出力:21000 kW)が稼動した。この田代ダムは富士川水系早川の保利沢ダムへ導水をしており、大井川と富士川を跨いだ水力発電が行われた。
とのこと。詰まり最初大井川の開発をした日英水電が合併が進む中で山梨県の早川を地盤とする早川電力と合併することになって,大井川の水を富士川へ流す計 画が持ち上がったということのようである。(しかも大井川開発の割と初期に。)

赤石ダム(赤石沢)[水 力.com]
    総貯水容量:309.0万立米・有効貯水容量:120.0万立米
  流域面積:202.0平米

木賊堰堤(大井川)
水量:16.2m3/s


赤石発電所[水 力.com]
1990年運開
認可最大出力:40.5MW 常時出力:0.0MW
最大使用水量:28.00m3/s (内、木賊堰堤分19.6m3/s)
有効落差:162.6m
立軸フランシス水車 出力40600kW×1台



畑薙第一ダム[水 力.com]
取水:大井川
畑薙第一発電所揚水上部調整池・一般発電貯水池
総貯水容量:1億740.0万立米    有効貯水容量: 8,000万立米
着工/竣工:1957/1962
総貯水容量:1億0,740.0万m3
有効貯水容量: 8,000.0万m3
標高
 堤頂標高:946m
満水位標高:942m
低水位標高:898m
流域面積:318.0 平方キロメートル/湛水面積: 2.51平方キロメートル


畑薙第一発電所[中 電][水 力]
中部電力(株)
運開:1962.9 2号機:1962年9月 3号機:1962年11月
ダム式・混合揚水式
認可最大出力:137,000kW  常時出力:1,400kW(最大出力の1.02%) 稼働率16%
最大取水量:160.00m3/s  最大揚水量:150.00m3/s
有効落差:  1号機 101.20m
有効落差:2、3号機 101.70m
ポンプ水車:3台 総出力142600kW
上部貯水池:大井川[畑薙第一ダム](流域:318.0km2)
下部貯水池:大井川[畑薙第二ダム](流域:329.2km2)


畑薙(はたなぎ)第一ダム[水 力] [便 覧] [静岡県]
使用水量率:97.7%





畑薙第二ダム[水 力.com(第一)][水 力.com(第二)][概要図][静岡県][便覧
取水量:62.0m3/s
取水:大井川(847m[畑薙第一発電所(839m)])・東河内川[東河内堰堤]
畑薙第一発電所下部調整池・畑薙第二発電所調整池

畑薙第一よりは放流量が多い。畑薙第二ダムの貯水量の少なさでもあるし,畑薙第二発電所が第一発電所の放流水を使い切れてない事も示唆している。
とはいえ10.6億m3の内,9.56億(89.8%)をきっちり使い切ってるのは流石だ。
どんな状況か考えると畑薙第二ダムが満水時に畑薙第二発電所がフル稼働(85.0MW/60m3/s)してるのに,それ以上の水が畑薙第一から流れ込んで いる状況であり(※東河内川や畑薙第一~第二間で流入する雨量,そして放水(発電)時の明神谷からの取水を無視して)60m3/sで畑薙第一発電所は 51.3MW発電出来る計算になるのでそれ以上で稼働してる時の和ってことになる。※を考慮するともう一寸少なくてもオーバーフローは発生しうる。
(なんか畑薙第二をダメな奴みたいに吊し上げてる様に見えるかも知れないけど水の使用率は濶大なる水量を誇る井川と大差ないのでほんとは超優秀なのであ る。)

着手/竣工:1957/1961
総貯水容量:1,140.0万m3 有効貯水容量: 360.0万m3
満水位標高:856m
流域面積:329.2km2(直接)・21.37km2(間接・東河内谷)  湛水面積:0.45km2

東河内谷…水力も便覧も流域面積を無視してる?

東河内堰堤[農 水省
取水量:2.5m3/s
維持流量:0.06m3/s
流域面積:21.4km2


水量単位:百万m3
流域
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
1月
2月
3月
年間放水量
年間利水量
畑薙第一ダム
318.0km2 0.0
0.0
0.0
16.0
0.0
5.6
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
0.0
21.6(2千万トン)
913.2(97.7%)
畑薙第二ダム
350.5km2
13.3
1.5
1.5
45.8
3.0
25.7
2.9
2.5
2.5
3.1
2.6
3.6
108.0(1億トン)
955.9(89.9%)

32.5km2












87.2
42.7(4.3千万トン)
まあきっちり堰き止めて使いきってる印象。

明 神谷  …常用水量12.12中1.8程度は明神谷由来か。

明神谷堰堤[農 水省
取水量:2.5m3/s
維持流量:0.05m3/s
流域面積:18.2km2


畑薙第二発電所[水 力]・[静岡県]・[農 水省(21.8到 達)
稼働率:47.0%
中部電力(株)
運開:1961.8
ダム水路式・調整池式
認可最大出力:85,000kW  常時出力:14.7000kW
最大使用水量:60.00m3/s
常時使用水量:12.12m3/s or 14.7m3/s
有効落差:164.10m
水車:総出力95000kW
導水路:総延長7741.28m
流域面積:367.6km2
取水:(大井川+東河内川)[畑薙第二ダム]+明神谷 847.00m
放水:大井川671.50m(井川満水位+14m)

この日は雨がちの日で水も結構出ていたが,大井川上流部の雨量も可成りのもので時折水浸しの箇所もちらほら。長島ダム辺りの所で長めの水溜まりを強引に突っ切った所,赤い警告灯が点灯。どうや ら充電不足かなかのマークらしい。
その後,何度か起きたが水を被って一時的に充電が出来なくなるのかな?
そんな中,何処迄も拡がる井川湖を横目に見つつ小河内に至る道路を岐るヘアピンカーブを曲がってトンネルに突っ込み出て直に水圧鉄管を潜る事になる。
21.8
豪雨の中,外に出て金網越しにレンズを突っ込み下を必死に撮った写真がこれである。

充電警告灯は暫く走ると復活するがそのまま復活しなかったら修理,というか立ち往生である。
ここで頃合いと判断して引き返す決断をする。引き返すと皮肉なもので雨も小降りになってきた感じもあるがぶれずに引き返す。次はもう一寸奥迄分け入りたい ものである。

井川ダム
1957年竣工
総貯水量:1億1,242.3万m3 / 有効貯水量:1億0205.0万m3
流域面積:459.3km2  / 湛水面積:378.9ha /湛水延長:10,268m
取水位:665.40m(満水位) 最低水位:620.4m

井川発電所
1957年運開
ダム式・貯水池式
出力:認可最大:62.0MW・常時:13.0MW
最大使用水量:80.00m3/s・常時16.8m3/s程度か?
有効落差:92.70m
水車:33,000kW×2台
取水:大井川[井川ダム]665.40m
放水:大井川[奥泉ダム]571.50m