電力総研 水力あれこれ(四国) 四国 水力
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21.6.22運開

那賀川中下流の電源開発(21.6逍遙・22.6再 訪・23.3三訪)

本  頁(中下流篇)
次 頁(上流篇)
最下流部
[妄想] 那賀川第一PS
(+19.9MW)
[妄想] 那賀川第二PS
(+20.4MW)
川口発電所
(11.7MW)
川 口ダム 日野谷発電所
(62.0MW)
長 安口(ながやすぐち)ダム (坂州 木頭川)
=別頁
蔭平発電所
(46.65MW)
小 見野々(こ みのの)ダム [妄想] 那賀川第三PS
(+13.5MW)

[妄想] 那賀川第 四発電所PS
(+4.7MW)
(四ツ足峠)
源流部
日本有数の豪雨地帯から流れ出る大河那賀川(他に祖谷川物部川奈半利川等がこの豪雨 地帯を利用している。)。南海道の例に漏れず長年に渡って雨に削られに削られて割りと標高が低かったりするのであるけど,那賀川は水量 も大河の風格で多少の低標高も気にはさせない重量感である。
ここでは川口発電所・川口ダム・日野谷発電所・長安口ダム・蔭平発電所・小見野々ダム迄の那賀川中枢部を中心に其処に至る下流での電源開発の検討を試 み る。四電と徳島県が入り交じって開発が進められた地域である。

~沿川風景~
現在の所,那賀川の最下流の水力発電所は川口発電所で流域面積657.3km2,放水位EL.73.38mに対して70m3/sも使用していて且つ放水位 がEL.73.4m程で川 口PSの下流でも未だ発電事業は行けそうであ る。
最後の堰が5.8m のこの辺だからあと落差30mを二回ぐらい行けるかも。上流には梓川張り(!)のダム3連発があって水量の安定性はなかなかではなかろうか。寧ろ 2005年には記録的な渇水に悩まされたそうな。もう一箇所ぐらい上流にダム造って も良いかも!?(→実際計画は有ったそうな。。)
21.6の逍遙時鮎喰川からR193経由(峠付近,雲 早トンネル前後は何故か国道指定がされてなくてr253山川海南線となっている)で坂州木頭川へ取り付いた。22.6の再訪時には勝浦川を訪問したが正木ダムを省略して立川最奥部から美 杉峠へ抜けようとするも断念,勝浦町中心部まで戻ってr283和食勝浦線経 由(鶴峠付近,r146分岐部から勝浦市街迄は何故か県道指定がされてなくて市道扱いとなっていた)で那賀川の大井町付近に取り付いた。峠 付近の未指定格下道路指定は気になる所であるが,いずれにせよ那賀川下流域は発電所構想を勝手にぶち上げながらも未見学である。三度目の訪問する必要も勿論感じている。

さて,下流の農業用水の取水堰としてはこの本流にあった六つの堰は、現在、大西堰、南岸堰、北岸堰の3つに統合され,更に現在那賀川統合堰への事業が進められて いるとのこと[水土


那賀川は昔、「長(なが)の国」の「長川(ながかわ)」と呼ばれていました。長の 国の名称は、日本書紀に奈我、長などと書かれています。奈良時代に阿波(あわ)国那賀(なか)郡と改名されましたが、この名が定着したのは平安時代頃と言 われています。長川の名称は、江戸時代までは長川、長河などとも書かれていました。出典:国 交省
出典:国 交省

防災事業から判明する現在の幹線水路図
出典:国 交省





農業用水は正直対象範囲外ながら。徳島県に南岸堰を満身創痍の状態では あるが今も立派に役目を果たしている農業遺産であるとまで書かれては見に行かない訳には行かない。息子の小学校卒業記念行に 23.3,雨中,四国行きを決行し,最初 の目的地として狙いを定めた。土地勘が無く,ナビの云う事もしばしば無視して自分の感性を大事にする私なので途中やや迷いながらも何とか到着。

~立江川~

うろうろ迷った過程 で,こ こ,r28櫛渕BPの一筋南川に並行する細い道路,を通りがかったが,日本製紙小松島工場に送る水が暗渠になってるようであった。
23.3
那賀川大渇水の際には小松島工場も操業休止に追い込まれた様なので,川は一丘向こうを流れてる(ここらは立江川の流域)けど導水トンネルで抜けてきている のであろう。
写真奥手に見えるのは徳島南部自動車道の建設現場であった。

最近沖洲から更に津田迄開通し徳島市を通る時は随分沖合を…は言い過ぎにしても海岸沿いをぶち抜いているのに,随分内陸によるようだが,真っ直ぐに南下す ると小松島辺りは意外に東側に突き出てて自然と内陸に入り込むようだ。
なんとこの辺にICも計画されているらしい。
出典:国 交省
よく見ると田圃に道路の予定線がくっきり。立江櫛渕ICが出来れば勝浦川にも那賀川にもアクセスは良くなる♪
とはいえ那賀川も鷲敷以遠はR55で橘辺り迄南下してからR195が便利で速いのかも知れないけど。(R55はそれなりに整備されてるし徳島南部道路との 重複が気になるところ。)

山際で水路はロストしてしまったが丘をぶち抜いてこ の辺で取水・導水してるらしい(北岸のが日本製紙導水路)。北 岸堰にあるこれかな?
出典:国交省


那賀川北岸壁[徳 島県①][場 所[地理院]EL.7.2m][水土②]
国営那賀川北岸土地改良事業により、昭和30年(1955)に完成した固定堰。現 在も北岸地域一帯、約2,500ha②の農地に水を送っている。
那賀川の下流部に位置し、受益1,500ha①の田畑の水を取水するための農村地区の遺産。

昭和13年(1938)頃より改修の要望が高まった。3堰を統合して幹線水路を新 設する計画が立てられ、昭和23年(1948)7月に農林省が国営事業として着手し、昭和30年(1950)1 月に3堰を統合した新しい堰と幹線水路(3,373m)が完成した。続いて国営附帯・県営事業が着手され、用水路(13,333m)が昭和38 (1963)年度末に完 成した。

大井出堰(1674年修築・羽ノ浦、立江、坂野、今津、平島など約2,300町歩),下広瀬堰(1790年築造・中庄、岩脇、古庄の村々、120町歩余 り),上広瀬堰(1836年築造・古毛、妙見、上岩脇など60町歩余)を統合して建設。

一の堰[国 交省


那賀川南岸堰[徳 島県①][徳 島県②][場 所[G]][取 水口場所?EL14.7m][水土][四国社会資 本A
那賀川の下流部に位置し、受益800haの田畑の水を取水するための農村地区の遺 産[①]。
那賀川の下流部に位置する,昭和14~29年にかけて造られた,延長364m,幅約50mの農業用取水堰で,那賀川南岸地域の約1,000haの農地を潤 している。
度重なる洪水に見舞われ,補修を繰り返し満身創痍の状態では あるが今も立派に役目を果たしている農業遺産である。[②]


一の堰(伝1603年築造・南岸地域では最上流・長生村、宝田村、大野村等約300町歩)・竹原堰(伝1674年頃築造・南岸の主力堰・長生村、宝田村、 中野島村、大野村の五六町歩及桑野川等にも給水)・乙堰(1886年築造・中野島村、富岡町、平島村の165町歩)を統合。


熊谷川排水機場[徳島県] [場 所
熊谷川の内水排除を目的として、昭和57年度に排水能力10㎥/sの土木構造物及 び5㎥/sのポンプ設備をもつ熊谷川排水機場が建設された。ポンプ仕様は、口径1,500mmの横軸斜流ポンプで、5㎥/s(全揚程3.5m時)の排水能 力をもつポンプ1台である。平成5年度には5㎥/sのポンプ1台が増設され、機場能力分の10㎥/sのポンプ設備が完成(した)

吉井箇所[徳 島県][場 所
吉井箇所では、過去数多くの洪水により堤防のない部分から那賀川の洪水が逆流し、 たびたび浸水被害が発生してきた。吉井箇所改修事業は、熊谷川の改修と併せた締切工事(熊谷川樋門工事、堤防工事)を実施するものである。現在堤防のない 約300mの間に堤防を建設し、那賀川の洪水による水害から地域を守る。…なお、熊谷川樋門はゲート6門、全幅49.3mと四国最大級の樋門である。

吉井大西堰[徳島県] [多 分これ][水土
明治時代に地元有志によって、吉井町までの水路掘削に引き続き完成したものです。 正確な完成年は不明ですが、明治23年(1890)頃といわれています。堤長は、270メートル、灌漑(かんがい)面積は63ヘクタールです。堤体に破損がみられます。
吉井用水は、加茂町大西から吉井町まで2km余り、途中の山を素堀りのトンネルで 通し、今も63haの水田を潤している。

大西堰に関しては入札情報及び川原に重機の入っている様子から既に撤去されている可能性もある。[NJSS][G 空撮

川口ダムから下流部の図はこんな感じになる。那賀川の計画中の統合堰とやらがどこに出来るかに依存しそうであるけど,大西堰の供給先の吉井 町にも行けそうなこの辺りに(大西堰より下流ではあるが)堰を建設すると推定して其処に放水すると想定している。


[私案]那賀川第一発電所
出力:16,600kW[+19.9MW]
水量:75m3/s
落差:26m
面積:川口ダム(656.7km2+舞ヶ谷)+52.9km2(那賀川[和食堰堤]・太田井川・臼台川)
導水:10.4km
放水:那 賀川14.0m
取水:那 賀川(鷲敷)(試 案)和食堰堤・田野橋付近]・中 山川・南 川(導水) EL.43.6m

[私案]那賀川第二発電所
出力:20,400kW[+20.4MW]
水量:70m3/s
落差:35m
面積:川口ダム(656.7km2+舞ヶ谷)+谷内川
導水:13km
放水:那 賀川(鷲敷) EL.40.0m
取水:那賀川[川口発電所]・谷内川EL.75m

~谷内川~
那賀川第二発電所構造で途中取水出来そうである♪
約15.7km2ある。行きがけの駄賃としてはまあ悪くはないのではないか。
 



(赤松川合流地 理院EL.77.3m)
那賀川第二発電所の取水堰想定場所は合流地点直下となる。この辺で赤松川も合流する。
赤松川には川口ダムへの導水路もあって,下流からアクセスしたこの日の我々はそのまま赤松川沿いへ左折をした。

~赤松川~
赤松川は日和佐の方へ抜けるr19阿南鷲敷日和佐線に沿って日和佐の方から流れてくる那賀川の支流である。日和佐とか阿南とかでらい南の方の印象だが,那 賀川も結構南方の川なのである。
剣山とかで吉野川流域の祖谷川穴吹川と接して いるので一寸違和感ある。下流部では吉野川本流との間に勝浦川とか鮎喰川とかなんかを挟んでいるのである。

(舞ヶ谷[=仮称]合流)

赤松ダム(川口ダム導水路である赤松川支水路の堰堤)[場 所]EL101m
歩道橋みたいな橋は勝浦川棚野ダ ムに一寸だけ,そして立川堰堤にはかなり似ている様に思える。いずれも徳島県企業局謹製である。
22.6
魚道

堰堤付近から下流の眺め

塗装記録標。施設の名前は赤松ダムで良い様である♪

残念ながら利水標はなし。

さて川口ダムへの導水路の時点で40km2の流域あり。なかなか奥深い。高度を取って取水して川口ダムにぶち込んでみる。

と意気込んだは良いけどあかんわ。狭いし低いしどないもならん。
EL172mで18.0km2だ。精々2.0m3/sってとこ。


~日和佐川=日和佐川流域~
更に南隣の日和佐川から引っ張って来て8.2km2程度。。導水距離は8km以上である。

これなら日和佐川から発 電抜きで導水のみした方がマシかも。こ の辺(ア)から川 口ダムの入り江?迄の導水距離は5.3km,(ア)より上流の面積は12.7km2程である。

多雨地帯ではあるのでスコールでざっと降ってざっと 流れてしまう水を川口ダムで活用出来ると良いのではないかとは思う。


~舞ヶ 谷~
赤松川上流から取水の発電は難しいとしてもこちらは行けるのではないか。
舞ヶ谷は谷名ではなく聚落名である。導水距離は550m程度で済む。



四電・川口開閉所
ダムの手前に見えてくる。
22.6
四ツ足峠迄55kmである。


川口発電所[徳 島県][DB
昭和35年10月一部運転を開始、昭和36年8月全運転を開始
最大出力11,700kW、常時出力3,000kW
最大使用水量     (m3/s)       70.00
有効落差     (m)       20.49
取水:那賀川[川口ダム] 95.00m
放水:那賀川[(私案)那賀川第二発電所]  73.38m

川口ダム[便覧]
河川     那賀川水系那賀川
目的     P /堤高    30m /堤頂長 
流域面積/湛水面積     656.7km2 ( 直接:616.7km2 間接:40km2[赤松川] ) /87ha
総貯水容量/有効貯水容量     646.3万m3/95.0万m3
ダム事業者     徳島県
着手/竣工     1956/1960
満水位:95.0m

川口ダムと川口発電所。カクカクしててなんかマッシブで可成りの存在感である。手前側は水が貯まってはいるが流れてる感じでは無く,手前に非常用洪水吐? があって真ん中に発電所建屋が,その向こうに常用洪水吐?という配置のようだ。
22.6
発電所がダムの真ん中にある中州の上にあって,発電所建屋の向こう側にも水路がある。

並んで屹立するゲート

湖面の様子。赤松川からの導水路の放水口が水飛沫を上げている。

放水口部のあっぷ。

そして二つ並ぶ利水標♪

二つ…??

なんと先程見た赤松ダムから川口ダムへの導水路(赤松川支水路と呼ぶらしい)の4.3m3/sを使って (小水力)発電を2016年に開始してたらしい。迂闊にも知らなかった。。

赤松川支水路小水力発電設備
出力:0.8kW(800W)←ちいせえww
水量:4.3m3/s
利用:蓄電して夜間の照明など→連系はせず?

これで少なくとも40km2程から4.3m3/sを取水しているのは確実となった。
古びたトンネルの銘板には赤松川支水路とあるようだった。白い柵は小水力発電設備を建設した時に設置したのかな。

水は二手に別れて片方で発電する仕組みのようであった。

全体では倍の10m3/s程取水してるけど4.3m3/sしか使わないのか,一応全量使うとしながらも実際は半分しか使ってないのかは解らなかったが,結 構な勢いで水は川口ダム湖に流れ込んでいた。


よく見ると0.75kW*2台とあるので1.5kWの定格出力がある様だ。それを.0.8kWに抑えて使っている感じか?左側は発電せず水を流している方 である。
これくらいの発電設備なら日本全国に1万箇所ぐらい設置出来そうであるし,12万箇所ぐらいだと原発1基分ぐらいにはなる。気が遠くなるような話しだがw

どうも徳島県は川口ダムを自然エネルギーの博物館的に展開して行く心算らしくてその名も川口ダム自然エネルギーミュージアムというらしい。キャッチコピーは"4つのエ ネルギーを一度に体験できる公営唯一の科学館"とのこと♪
行った日には水素で走る燃料電池車ミライが展示されててクルマ好きの息子は大興奮していた。まあ公用車だそうで公明正大な業務にしか携わらないだろうしナ ンバー消すこともなさそうだけど。。

ボンネットを開けて見せてくれていた。ただカバーが取り付けられていてよくわからないw

心臓部。既にEV化で勝負ありで水素に拘泥する日本政府とトヨタは敗北した感じはあるけどこうやって見ると水素電池車も実用化(=補助金無しで売れる)さ れてほしくもなる。

興味津々な様子で覗き込んでいたら運転席に坐らせて貰えた息子♪



徳島県企業局 日野谷発電所[水 力][DB
徳島県那賀郡那 賀町日浦 ←ここも日浦か。。
ダム水路式・貯水池式
最大出力:62,000kW  常時出力:14,400kW
最大使用水量:60.00m3/s
有効落差:116.49m
水車:立軸フランシス水車×3台 総出力62000kW
取水:那賀川[長安口ダム]225.00m
放水:那賀川94.54m



水圧鉄管…太いのが計3本もある。60m3/sなので各水車20m3/sずつ担当という感じであろう。
22.6
なんか幕が張られてたけど工事中?横からみたら真ん中の管が途中から外されてる様に見える?ただの影の関係?


建屋


(小浜聚落)
四国初上陸のヨッキが満を持して長安口ダム近辺のレポをしている♪[山行が
下で見る様に一寸した魔境になってはいるのに私も気付いてはいたが,ありがちな四国の険道・酷道の類(まあ幾らでもある)ではなくダム建設に伴う魔境化案 件に先ず手始めにするあたりワカッテらっしゃるw

さて,長安口に近づくと堤体やゲート上部がちらちら見えてくる。そして満を持して正面を捉えた。右岸(写真左側)が真新しいのが改修工事の成果である。
22.6
改修した辺りを激写


長安口ダム[便覧(元)][便覧(再)]
河川    那賀川水系那賀川
目的    FNP
堤高    85.5m
流域面積/湛水面積    538.9km2 ( 直接:494.3km2 間接:45km2 [古屋谷川]) /224ha
総貯水容量/有効貯水容量    5,427.8万m3/4,349.7万m3→3,680.0万m3
ダム事業者   徳島県(元)・四国地方整備局(再)
着手/竣工 (元・再)   1950/1955 ・ 1998/2028

利水標確保♪

上の写真だと影みたいになってて見にくいけど長安1号トンネルの直ぐ脇というロケーション

堤体袂からの湖面の眺め

上流にある黄色い特徴的な旧橋を随伴している出合ゆず橋の手前には巨大な弯曲があってここから直接には見通せない。

また長安口ダムの由来となった長安聚落はダム直後の北側の入江にある。

ここで一旦下流に戻って古屋谷川を遡上,長安口ダムへ導水する明神ダムを見学。
~古屋谷川~

明神ダム
22.6






長安口ダム上からみたダム湖。出合ゆず橋から旧橋を望む。
21.6
旧道との合流点。黄色い旧橋は古そうだったがこちらは新しそうなロックシェッド?であるがいずれも塞がれている。
21.6
直ぐ傍に謎の未成トンネルが。。[ス トビュウ

この辺,結構魔境である。。

~古屋谷川~

長安口ダムの側(直下)で本流に合流する古屋谷川。上流に沿ってr32日和佐上那賀線が凄い弯曲で日和佐の方へ通じている。
途中で古屋谷川は東西に岐れ,r32は古屋川東に沿う。他方の古屋川西に沿うのは六丁轟林道(とくしま林 道ナビ林 道への案内板)であり,この林道(舗装されてて整備されてるようだ)を介してR193の霧越峠付近へ通じている。


長安口ダム導水路[地 図EL227m]
取水量:?

発電所を検討。標高差が取れないので山の中を這わす。漆ヶ 谷杉 山谷(赤松川)・寒 葉谷古 屋谷川東名 谷源 太谷オ ソ谷古 屋谷川西355mで取水して総延長:9.8km(発電所─古屋谷川西8.8km・本線─漆ヶ谷1.0km・漆ヶ谷─杉山谷(赤松川)3.5km) の導水路建設して,隆起は杉山谷3.5kmを含めて合計27.2km2,水量3m3/sに落差113mで2,600kW弱。小さすぎる。。


古屋谷川西側の方が一寸広くて可能性あるかなぁ。。

もう一つの可能性として揚水発電がありそう。
古屋川東の最上流こ の辺でEL.430mである。4.8km程南の牟 岐川沿いで41.6mである。400m近い高低差は取れる。水力さんの一覧だと500m以上の 落差が欲しいのかな。。例えば北海道の要,新鋭の京極発電所な んかは369mである。まあ可能性ない訳ではないであろう。

更には分割してみる。
古屋川が東西に分かれる260m程で取水。一旦取水堰(明神ダム)で取水する箇所EL227mで発電してみる。流域は35.6km2。4m3/sで 30m。如何にもダメそうだが,1,000kW。どうも流域が狭すぎるようである。この辺は四国島の限界であるなあ。。



坂州木頭川

追立ダム


平谷聚落
R195とR193の分岐である。ヨッキがミニレポを出している[山行が

四国電力(株) 蔭平発電所[水 力
所在地:徳島県那賀郡那賀町大殿(1号機)
運開:1968.5・ 増設:2010(2号機)
ダム水路式・混合揚水式(1号機)
認可最大出力:46,500kW・150kW(2号機)      常時出力:0kW・ ─
年間発生電力量:120,000MWh(1億2千万キロワット時)
最大使用水量:60.00m3/s(1号機)・0.58m3/s(2号機) 最大揚水量:40.00m3/s(揚水)
最大有効落差:89.70m/37.24m
水車(1号機):立軸斜流ポンプ水車 出力47700kW×1台 水車:水車×1台
導水路(1号機):総延長5086.4m
流域面積:271.3平方キロメートル
上部貯水池:林谷川→那賀川[小見野々ダム]314.00m
下部貯水池:那賀川[長安口ダム] 218.33m

R195沿いには水圧鉄管がある。最大60m3/sでこの太さということになる。
21.6
道路の反対側の斜面下川沿いに発電所もちら見えする。


蔭平発電所は混合揚水であり,最上流の混合揚水と云うと益田川(飛騨川)の高見大井川の畑薙等が思い浮かぶ。
畑薙の上流に更に二軒茶屋とかあるように,高見の潮流に更に野麦とか構想した様に那賀川でも開発を試みる。

四国電力(株) 蔭平発電所(2号機)[水 力
所在地:小見野々ダム直下
増設:2010(2号機)
ダム式・河川維持流量式
認可最大出力:150kW(2号機)
最大使用水量:0.58m3/s
最大有効落差:37.24m
流域面積:271.3平方キロメートル
取水:那賀川[小見野々ダム]314.00m
豊水:那賀川


~林谷~

那賀川本流の3大ダムはいずれも間接領域を有しているが小見野々ダムの間接領域は一番狭く4km2しかない。
またここだけ北岸の支流の引水である。
近傍の主な支流の中谷も海川谷もダム湖に流入する設計となっている。


小見野々(こみのの)ダム[便覧]
河川     那賀川水系那賀川
目的/型式     P/アーチ
堤高/満水面標高/利用水深:    62.5m/EL314m/18m
流域面積/湛水面積     270.8km2 ( 直接:266.8km2 間接:4km2 [林谷]) /89ha
総貯水容量/有効貯水容量     1,675.0万m3/1,142.0万m3
ダム事業者     四国電力(株)
着手/竣工     1965/1968
満水位: 314m





~中谷~


~海川谷~

こちら参照

本流はこの辺迄。以上は上流篇に譲る