電力総研 水力あれこれ 千曲川
北信・長野圏域樽 川(北信)松川(+20.3MW)裾花川(+16.3MW)
と はずがたりな掲示板(利 水スレ電 力スレ)
20.10.21運開
樽川の水力発電
(信濃川合流・飯山戸狩間)[307.2m]─ 下流部開発─[馬曲川馬曲川発電所111.4kW・0.22m3/s])───樽川発電所(2,300kW・3.2m3/s・52.9km2・EL=450m)──(倉下川)──<未利用落差約50m>─藤平第一発電所─藤平第二発電所──奥地開発(+9.1MW)】──夜間瀬用水──剣沢ダム──(水源地)

西大滝の上流の平板な長野盆地で千曲川に合流する樽川。北は志久見川,南は夜間瀬川(角間川)であり,東の山の向こうは雑魚川である。

上で見た様に小さめの発電所が2,3存在する。下から


あと上流の山ん中には○○堰という名の付いた農業用水っぽい樋堰が張り巡らされてる箇所がある。調べたらなんか経緯がありそうだ。


樽川発電所の直下とそれと同標高の馬曲(まくせ)川で取水して樽川と千曲川の合流点付近で発電すると良さそう。

山中に堰(用水)が張り巡らされてる箇所があってどれくらい取水出来るかよくわからんけど8%[面積比水量指数0.8(10m3/s/km2)]でとれる としてみた。
雨しか降らない地方よりはゆっくり流出してくるから取水しやすのではないだろか??

~沿川風景~

(信濃川合流[306m])


~馬曲川~

【下流部開発(案)】   
途中で取水…馬曲川 EL=450 19.8km2 1.5m3/s


木島平村営 馬曲川発電所[水力] [G 空撮][kiss.f5][野沢温泉村
運開:1988.10[馬曲温泉公園への電力供給を目的に整備(自家消費)]
並列工事:1995[発電低下時に中電から受電可能に]
売電:2012[RPS法に認定]
更新:2023.12[FITに拠る全量売電]
小水力
認可最大出力:95kW→114.8kW
発電量;約550MWh[66.1%]→約700MWh[69.6%]
最大使用水量:0.22m3/s(水力さん(旧データ)には0.229m3/sとの記述もあったが詳細不明)
有効落差:65m←そこそこあるな。。
水車:
 運開当時:単射ターゴインパルス水車 出力126.4kW×1台、回転数900rpm(英ギルケス社製)
 更新後:クロスフロー水車
取水:馬曲川[大明神砂防堰堤(発電用水と馬曲地区の用水を取水)・落差的にこ れ(EL806m)か?]
放水:馬曲川[こ の辺(719m)]


【下流部開発(案)】   
取水…樽川発電所直下 EL=450m 64.1km2 5.0m3/s



【下流部開発(案)】

[私案]関沢発電所
出力:7,600kW[+ 7.6MW]
水量:6.5m3/s
有効落差:138m
導水距離:9.0km
面積:64.1+19.8=83.9km2
取水:樽川(扇状地扼部)[樽川発電所]・馬曲川EL=450m
放水:信 濃川(樽川合流部) EL=307m

小雨で余りがめり難くて導水距離に比して出力が小さい。
扇状地での農業用水の確保が可能かが課題。保留

→調べて見るとかなりのコメどころであるらしい。[木島平村]扇状地の伏流水を利用しているようでありまあここは手を付けられないっぽいな。。



中部電力(株) 樽川発電所[水力] [DB
運開:1923.8
水路式・流込式
   認可最大出力:2,300kW(以前は2,200kW)      常時出力: 760kW[33.0%]
    最大使用水量:3.20m3/s[0.60]
    有効落差:86.61m
    水車:横軸フランシス水車×2台 総出力2286kW←更新したのか,出力上げてみたら出たのか?
    導水路(樽川→倉下川):総延長221.1m
    導水路(倉下川→発電所):総延長1862.8m
    流域面積:34.7km2(倉下川)+18.2km2(樽川)=52.9km2
    取水:樽 川(本沢川?)[←藤平第二] ・倉 下川542,91m
    放水:樽川[→木島平(扇状地)] 453.34m

~倉下川~

倉下川取水堰堤[DB
高さ/堤頂長  3.26m/12.85m
制水門 スライド・ゲート×1門


樽川取水堰堤[DB
高さ/堤頂長  3.53m/15.87m
制水門 スライド・ゲート×1門
取水位:542.91m

<未利用落差50m程あり>

 中部電力(株) 藤平第二発電所[水力][DB
運開:1926.11[長野電鉄(株)樽川第二発電所]
水路式・流込式
認可最大出力:930kW 常時出力:350kW[36.1%]
水量:0.843m3/s[0.55]
有効落差:147.10m
水車:横軸ペルトン水車 出力1200kW×1台
導水路:総延長1135.2m
流域面積:15.4km2
取水:本沢川(樽川)[藤平第一発電所]744.85m
放水:樽川(本沢川?)[→樽川発電所]594.49m


 中部電力(株) 藤平第一発電所[DB] [奥 信越渓流]←発電所の辺りは本沢川らしい。
運開:1926.01 更新:1993.09
出力:670kW  常時:240kW[35.8%]
水量:0.528m3/s[0.51]
落差:151.45m
導水:825.1m
水車:横軸ペルトン 788kW×1台
流域面積:10.4km2
取水:本沢川(日向入川出合)907.39m
放水:本沢川?(樽川)[藤平第二発電所]747.56m

藤平第一取水堰[場 所
本沢川
高さ/堤頂長 1.97m/9.70m
水門:制水門・スライドゲート×1門
取水位/取水量 907.39m/0.528m3/s,

【奥地開発】   

上流の井堰の存在が気になるが,まあ井堰の使用水量はそれ程デカくはなさそうなので,集水量を多少遠慮しながら開発を試みてみる。人口減少社会は奥地での農業用 水需要を減らす筈だしなんとか折り合いはつくのではないか?
樽川と藤平第二の間の未利用落差50mも使い尽くす。小水量でも360mの落差でそこそこ行ける。まあ藤平第一と第二のリプレースかな?実川滝波川の様な感じ。子会社に移管して中小企業向けというスキームを使うスタイル。

ただ日向入川の上流もがあり,白沢川の上流も剣沢ダムの他にもが発達している。倉下川も堰の水源になってる可能性も濃厚でここは諦め他方が良いかも。

[私案]奥樽川発電所
水路式・流込式
出力:10,700kW[+9.1MW]
水量:3.5m3/s(=29.6*0.1*14/20:1.7)
落差:360m
流域:29.6km2
導水:3.6+2.7=6.3km
取水:本沢川(日向入川)[藤平第一堰堤]・三 沢白 沢川倉 下川907m
放水:樽川[樽川取水堰堤]542.91m

なかなか良い感じなんだけどねぇ。。。




雑魚川支流剣沢~

発電所名:剣沢ダム管理用発電所(つるぎさわだむ)[長野県][kiss.f5.
事業者名:夜間瀬かんがい排水事業組合
出力(kW):4.2
設置     1992年(平成 4年) 2007年(平成19年)更新
有効落差     6.59m
流量     0.11m3/s
用水名     夜間瀬幹線
水利権期間     通年
売電     なし
水車形式     立軸固定羽根プロペラ水車

剣沢ダム[長野県魅力発信ブログ
竣工:1989年
堤高15m
総貯水量:3.6万m3
目的;潅漑(高社山の南山麓の果樹地帯256ha)

>果樹地帯への灌水は、山ノ内町の中心部にある中央制御棟で行われますが、剣沢ダムは上信越高原国立公園内にあって、電気は引けないのでダムの制御に必要な電気は自家発電でまかないます。
>そのため、毎春、発電設備を起動するために山奥へ行かなければなりません。
>スキー隊とスノーシュー隊で林道を行きます。[長野県魅力発信ブログ



横倉堰・須賀川堰(よこくらせぎ・すがかわせぎ)
https://www.nag-doren.or.jp/canallist/canallist-1810/

江戸時代末期から明治時代にかけて、奥志賀高原の雑魚川に流れ込む小渓流を水源として横倉上堰(文久3年)、須賀川堰(明治17年)、 横倉下堰(明治30年)が開削されましたが、山腹土水路の維持管理は困難を極め、老朽化と共に補修費用は年を追うごとに増してきました。このことから、昭 和51年度から平成6年度にかけて県営事業により、三堰を統合して管水路とする工事と併せて、農業用水の不足分を貯留する剣沢ダムやファームポンド(調整 池)が造られました。

志賀高原からの清流 三本の堰(さんぼんのせぎ)
https://www.nag-doren.or.jp/canallist/canallist-1781/

雄大な志賀の山並みに囲まれた夜間瀬地域。今から150年程前の江戸時代末期、付近を流れる夜間瀬川に水利権のないこの地域の人々は、山の浅い笹川のわずかな水に頼って水田農業を営み、常に干ばつに苦しんでいました。
当時、酒屋を営み資産家であった坂口稔兵衛他11名が、分水嶺を越えた雑魚川水系に新規水源を求め、文久3年(1863年)延べ2万5000人、1万両の 巨費を投じて約25㎞の横倉上堰を開削し、地域農業の発展に大きく貢献しました。また、同じ運命にあった須賀川の村も上堰の下段に、須賀川堰(明治3年・ 約17㎞)を開削しました。その後新規開田により、再び水不足をきたすようになり、そこで、さらに下段に横倉下堰(明治30年・約11㎞)を、多くの労力 と費用をかけて開削しました。特にこの下堰は、分水嶺を越えるために隧道を開削しなければならず、上堰の恩恵を受けた村ぐるみの工事であったと記録されて います。


https://www.shigakogen-unesco.org/cms/wp-content/themes/unesco/pdf/no_7.pdf