電 力総研 水 力あれこれ(北 海道)
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21.6.24運開
鵡川の電源開発

(源流)─────────────[私 案]占冠発電所[+13.2MW]───────[私案]穂 別発電所[+9.8MW]───[廃止]福山発電所(1.6MW)────[私案]鵡 川発電所[+10.1MW]────── [私案]富内発電所[+12.2MW]────(河口) /  厚幌川

沙流川の西隣の鵡川である。
勿論日高線の終着駅で嘗ては分岐駅でもあり印象はその辺な訳で有るが,奥深さはそんなものではなかった。
先ずは奥地の方でちょろっと支流の双珠別川で沙流川方面に水を取られても いる。
へえこんな所も鵡川なのかと云う事で沙流川と比べ殆ど手つかずのこちらも開発余地を探ってみた。
と,占冠周辺も鵡川の流域であった。石勝線の開通は子供心に鮮烈であったが鄙びたローカル線の日高本線とは随分違う趣である。

盆地を出た所の狭窄部で発電するのは一つのセオリーであるので327m 地点を取水点に調べてみた。と,現れたるは(双珠別流域を除いてもなお)空前絶後の392.5km2であったw

どーんとこんな感じ。この辺の目安流域(の1/10)の半分ぐらいであるから18m3/s程度は取れそう。237mで ある。落差は86m。12,600kWは行けそう,OKだ♪


[私 案]占冠発電所    
出力:13,200kW[+13.2MW]
水量:18m3/s
落差:86m
流域:392.6km2
取水:鵡川327m
放水:鵡川237m

次は233mパンケニニウ川合流付近で取水。7.73km下流へ送ると穂別の北側177mに至る。落差52m。
新規取水量は,パンケニニウ川・ペンケニニウ川(パンケとペンケは対になってること多い気がするがどんな意味だ??),更にはニセイパオヤマナイ川辺りが 新規のお客さんである。  
面積が84.2km2あるので4.2m3/s程度は足せて22.2m3/sとなる。と云う事で出力は9,600kW。OKだ。


[私 案]穂別発電所   
出力:9,800kW[+9.8MW]
水量:22.2m3/s
落差:52m
流域:392.6km2+84.2km2
導水:7.5km
取水:鵡川233m
放水:鵡川177m

さてちらっと隣の穂別ダムも眼に入るがストイックに下流を目指すことにする。どっかに水量を安定させるダムも欲しい所なんだけど。

先程の177m 付近から8.1km程降ろすと125.3m。落差48m。新規取水は50.1km2なので2.5m3/sってとこ。24.7m3/s程度かな。こ こも9,800kW程。OKだ。


[私 案]鵡川発電所   
出力:10,100kW[+10.1MW]
水量:24.7m3/s
落差:48m
流域:392.6km2+84.2km2+50.05km2
導水:7.7km
取水:鵡 川オ ロロップ川 177m
放水:鵡川126m

こ こら126mから8.6km下ると70m付 近。落差は52m程。新規取水域は56.2km2なので2.8m3/s程増やせるか。水量は27.5m3/s。以上から出力は11,900kW。OK。
段々機械的になってきた。容量が積み上がっていく愉悦はあるんだけど作業の苦痛度は上がる。。(;´Д`)



【福山発電所跡】   
とそんな中面白い情報発見。ここも出典は『山 行が』(道道610号占冠穂別線の項) である♪
この区間,こ こ(地理院)に嘗て発電所があったそうな。
諸元はこんな感じらしい。

[廃 止]福 山発電所[山行が] [Google][き のこ屋(む かわ町富内む かわ町富内)]
事業者:穂別電気利用農協(竣工:1957年7月 運開:翌年 廃止:1972年)
出力:1,600kW
水量:?m3/s
落差:?m
流域:?
導水:1.4km以上
水車:1640kW
取水:鵡川 此処?123m→ 山行がのここ(恰度覆洞区間にあるが外を覗 いて全天球画像を撮ってる!)
放水:鵡川 此 処ら(109m)

経緯はこんな感じらしい。1.6MWはそれ程小さくないのに廃止になってしまったのは何故だ?若し格差が14m程度と小さい場合,使用水量は20m3/s と可成り大きくなってしまう。もう一寸上流が妥当か?
実は福山という地名はもっと上流で発電所のある辺りは富内(富内線!)である。もっと上流の福山寄りに取水堰があったかも知れない。
一方で,使用水量が2.0m3/sなら如何にも在りそうで,その場合は出力が160kWの誤記ということになる。農業組合立の発 電所は中国山地にそこそこある(例えば成羽川な ど)けど,どちらかというと出力の規模感は160kW程度の方が有りそうだが, 『山 行が』に 載っ てる『穂別町史』より転載された建屋写真は可成り立派 で1600kW程度の出力はあっても可怪しく無い感じである。

戦前を通じて穂別村は配電会社の供給区域から除外され、全く電気の恩恵に浴することなく、石油灯火に頼っていた。
たまたま昭和20年に国鉄富内線を富内駅から延伸する計画が起こり、平取村との境界に約1kmの隧道を掘削する工事を行うべく、遠方から配電線が敷設され た。この際に村は国鉄と配電会社に陳情を行い、自前で延長する分の送電線を設備することで、富内や安住、穂別などの主要な市街地が初めて点灯した。

だが、この工事は戦後に中止されることになり、昭和27年3月からの送電中止が村に通達された。
暗黒回帰の苦境へと陥った同村は、農業組合の臨時総会によって村内一円を配電区域とする独自の水力発電所の開設を議決。4億円余りの借入金で工事費を賄 い、鵡川の水力を利用する1600kWの福山発電所を建設、完成させた。(中止された鉄道工事は後に再開し、昭和33年に振内駅まで延伸開業)  出典: [山行が


またイマイチどの辺を通ってた富内線か謎が多い(鵡川〜苫小牧間は千歳線と同じ私鉄線だったこともあって日高本線と並行して線路を持ってて戦時中に休止さ れたりしている)が,富内辺り迄は鵡川沿いに遡り,ここから山を越えて沙流川沿いに転戦し沙流川を日高町更に金山方面迄至るという計画だったらしい。
その転戦の山越え工事がきっかけでこの富内にも電気が通じて,その工事の中止に伴い電力供給が中止されることになって地元の農業組合が中心となって発電所 を建設したと云う経緯らしい。好きな鉄道・廃道・水発が全部絡んで居てなかなかテンション上がる。

さて,規模がデカい過ぎるという上の疑問を解消する為に更にググってみると色々判明した。というか思いの外壮絶であった。。


旧穂別町富内から鵡川を遡ること約8㎞、そこにはかつて八田鉱山というクロム鉱山が存在した。

  一時期、日本におけるクロム需要の8割を賄った実績を持つ、本邦有数の鉱山だったという。

  旧穂別町は、他にも複数個所から原油が湧いていたり、また、最盛期炭鉱が3山稼行していたほど、炭層にも恵まれている。

  地下資源が豊富な地域なのだ。

  そうした背景があったため、基本は農村であはりつつも、戦後間もなく、旧穂別町は第二次産業が盛んになった。

  炭鉱に加えてクロム鉱山まであり、鉄道も開通済み。

  ならば大発展して『穂別市』に昇格してもおかしくない。

  しかし、残念ながらそうはならず、いずれも10年くらいで閉山してしまった。

  昭和20年代の穂別は、無電化村だったことが遠因だったという。

  いかな鉄道と鉱物資源があっても、電気が通っていない状態での開発は、コスト的に無理があったらしい。

  電気さえあれば……!

  こうして、1人の政治家が立ち上がった。

  当時の穂別村長、横山氏である。

  彼はなんと、水力発電所を自前で作り、無電化村に電気の灯を燈そうという、壮大な計画を考えたのだ。

  当人の政治生命どころか、地方自治体の命運をもかけた、世紀の事業だった。

  やがてその崇高な志は、発電所の建立・発電開始という果実として結実し、村はついに電化される。

  その名も『穂別村電気利用農業協同組合』。




  なお、川の奥に見える崖の色が違っているのは、すぐ近くにクロム鉱山が存在するから。

  旧鉱山付近で河原の石を拾うと、鈍い金属光沢を放つものがゴロゴロしており、素人目にも鉱床が存在することが分かる。

  鉱山があったのはここから少し上流で、そこに至る道は大変な難所だった。

  なにしろ、河川脇の大規模な崩落地形に、ムリヤリ道を通したのだ。

  片側交互通行の狭い覆道が延々と続き、しょっちゅう通行止めとなる。

  この写真を撮りに行った際も通行止めになっており、福山に抜けることが出来なかった。





  水力発電用の用水は、鵡川の上流から導水するとして、問題は、ここ富内が、鵡川の中流域にあたることだった。

  やや上流寄りとはいえど、川の中流域で発電用の落差を得るのは容易ではない。

  巨大なダムを造ればいいのだろうが、それでは何十億どころか、ひょっとすると100億円以上かかってしまう。

  結局、クロム鉱山より少し下流側から富内集落の上流にかけて、川が蛇行している箇所が選ばれた(というか、そこしか無かった)。

  ここに取水堰を設け、トンネルを掘って発電所まで導水しようというのである。

  その距離、実に1415メートル。

  用水路を使い、地上にて送水できれば安上がりで良いのだが、この辺の地形は険しく、トンネルを掘って対応することに。

  完成したのが写真のトンネルという訳だ。

  それはいいのだが、昭和25年から始まった建設工事は、このトンネル採掘で躓いてしまったのである。





そもそも、この鵡川は暴れ川として知られ、旧穂別町はもとより、河口に位置する旧鵡川町もまた、幾度となく水害に見舞われた歴史を持つ。

  旧鵡川町に至っては、架け替える度に、河口にある国道橋が流されることに業を煮やし、とうとう鉄筋製の立派なアーチ橋を掛けたほど。

  これは下路ローゼ橋と言われる形式の橋で、端正な姿を今でも伝えている……のだが、それでも水害には勝てなかった。

  なぜなら、橋自体は確かに水害にびくともしなかったのだが、橋の両脇にある道路を固めていた土留めが、全部流されてしまったからだ。


……

発電所の公式な発電能力は、1640KW。

  うち、6割を産業用、4割を家庭用に割り振る予定だったと言われている。



 水車といっても、田舎で見る一般的な垂直回転タイプではなく、地面に対して水平に置かれ、高速回転するカプラン水車だった。

発電機はただ1基しかなく、予備が存在しなかったため、点検中は短時間ながら村が無電化したらしい


当初の計画では、発電所の出力は500KWというものであった。

  計算上はこれで、産業用を含めた、村内の全電力を賄えた。

  事業費も、2億2千万円で足りるはずだった。

  当時の穂別村の予算は、9千500万円。

  確かに、高い買い物だが、計算通りに償却すれば、10年・20年で払えない金額では決してない。

  まして組合を作り、公共事業として電化事業を興すのだ。

  多少無理をしたとしても、村人たちの笑顔と、これからの時代、村の発展に電気は欠かせないものでもある。

  とはいえ、いくら起債したところで、流石に2億円超という資金は、小さな村が単独で用意するのは無理すぎた。


導水トンネルの様子。

  軽便鉄道どころか、下手をすると国鉄車両が通れるほどのサイズがある。

  なぜ、ここまで大きなトンネルを掘らなければならなかったのか?

  この発電所の周辺一帯は蛇紋岩で構成されていた。

  もろくて崩れやすく、肝心のトンネル工事が思うように進まない。

  昨日掘った穴が今日には崩れているような有様で、予想以上にお金がかかってしまったのである。

  現在と異なり、シールドマシンなど存在しない時代のトンネル工事が、どれだけ大変だったのだろう?

  当初予定よりも遥かに日数がかかり、2億2千万円の予算では、ぜんぜん足りなくなってしまった。

  それどころか最終的には、当時のお金で5億3千万円にまで総 工費が膨らんでしまったというのだから、途轍もない。

  では、この借金を500KWの売電で償却する場合、どれだけの年月が必要になるというのか?

  からといって、今更『工事止めます』というワケにもいかない。

  もはや発電計画を見直す以外、方法は無かった。

  借金を返すために は、売り上げを増やさなければならない。

   具体的に何をしたかというと、発電量を3倍以上、増やすことで対応しようとしたのだ。

  こうして、発電所の出力も、1640KWにまで高められ、導水トンネルもまた、無理を押して拡張されることとなった。



2250AVの発電機を回したと記録にある。…

しかし、現実は非情であり、膨らんだ借金の前には焼け石に水だった。

  48歳だった横山氏は、穂別村を財政再建団体へと転落させた責任を取って、村長を辞任。

  役場の職員たちの給与すら払えなくなってしまい、村行政は混乱に陥ったらしい。

  腹いせなのか、前村長に対する監査請求が、何度となく求められたという。



ところが発電所を実際に運用してみると、今までのトラブルが笑えてしまうような、過酷なトラブルに悩まされることとなった。

  まず、12月に入ると、鵡川の水量が激減。

  水量の計算が甘かったのもさることながら、開拓による樹木の伐採、森林開発による総合的な保水量の低下も拍車をかけた。

  このため発電水量が不足しただけでなく、酷寒による凍結が追い打ちをかける。

  水量が少ない→水が氷る→水量がさらに減少→水がさらに氷る、という悪循環が発生。

  発電機の手前、先の貯水池には、大量のシャーベット状の氷が押し寄せ、とうとう、発電機が停止してしまった。

  当然のごとく、引き起こされる停電。

  それも、ものすごく寒い日の朝に、唐突に停電するのだから、受電者は堪らない



それにしても、木製の電柱というのは、最近は珍しくなった。

  穂別村電気利用農業協同組合もまた、当初、こうした木製電柱(カラマツ材)を多用していた模様。

  なんせ安いし、材木は村内に幾らでもある以上、この資源を有効活用しない手はない。

  が、安いのはいいが、所詮は木製、耐久力が低かった。

  少しの水害や大風で、電気が不通になってしまう。

  それも、末端が停電するのならばともかく、幹線が不通になるのだからさあ大変。

  大急ぎで修理するものの、今度はまた別の個所が壊れるというイタチごっこの繰り返し。

  むろん、木造だけに補修費用それ自体は安くて、かつ早いのだが、最初の冬を超えてみると、至る所で要修理が頻発。

  手間と時間を考えると、せめて幹線だけは鉄柱にしなければならない。

  では、その費用は?

  手をこまねいているうちに、修理中の送電線に誤って通電してしまい、職員が即死。

  事故を受け、ついに送電線が鉄製の頑丈なものへと交換される。

  さらに増えた借金に、組合首脳が頭痛を通り越し青くなっていると、今度は導水トンネルに大規模なヒビが見つかった。

  さすがは蛇紋岩などと感心している場合ではない。

  責任を取って、横山前村長は組合長を辞職。

  増え過ぎた借金を前に、とうとう、職員への給料すら支払えなくなってしまった。



そうこうするうちに、昭和46年。

  もはや戦後ではない、という言葉が生まれ、ここ北海道でも、札幌でオリンピックを開催しようと機運が盛り上がった時代。

  各自治体ごとに行われていた小さな発電事業を纏め、北電のもとに一括整備しよう、という政治活動が実を結んだ。

  地方発電に関する、北電移管のための補助事業制度が出来たのである。

  穂別村電気利用農業協同組合も例に漏れず、昭和46年から2年をかけて、北電基準の施設に改修したうえで、送電線や変電所等を、すべて北電に移管する こととなった。

  お荷物と化していた発電所は廃止され、職員たちは全員、退職。

  ただし、職員たちは皆、希望する企業への再就職が叶ったという。

  ところで組合の借金だが、当時でもまだ、3憶4000万円も残っていたらしい。

  これが北電への移管で全て帳消しになるはずもなく、道の仲介で、山林の抵当権解除と引き換えに、穂別町が2000万円を支払うことで決着。

  補助事業ということで、残りは北電と道が負担してくれた模様。

  かしくて、福山発電所は周辺施設ともども、山中に廃棄されることとなった。…


出典:き のこ屋(穂別・福山発電所)


因みにクロムはマントル深くにある橄欖岩など、鉄やマグマの底深く(超塩基性)を好む元素に含まれて。これがのちに蛇紋岩に変わるのだそうな。詰まり付近 のクロム鉱の存在とと福山発電所を苦しめた,そして道道610号を不通にせしめている主因は同じコインの表裏という訳か。

で,更にこのクロム鉱山,早々に掘り尽くされてしまって昭和30年代には閉鎖に追い込まれている。福山発電所の見込み違いは此処にもあったと云う訳であ る。

日本最大のクロム鉱山は島根と鳥取の県境付近にある若松鉱山で,桁外れに大きい7号鉱体で21世紀直前迄生き残ってたが突然停止,今でも廃墟が残っている らしい。

因みに此処の蛇紋岩は神威古潭変成体と云って遠く神威古潭の方から続いているらしい。神威古潭の函館本線の付け替えや国道の補修は蛇紋岩の脆さ(空気と触 れると膨張するらしい)で繋がっていたとは!
…ということはこの計画は…?(泣)





[私 案]富内発電所   
出力:12,200kW[+12.2MW]
水量:27.5m3/s
落差:52m
流域:392.6km2+84.2km2+50.05km2+56.2km2
導水:8.6km
取水:鵡川126m
放水:鵡川70m

さて疲れたけど後もう一箇所追うか。
10.9kmで40m。ちと苦しい。
穂別と鵡川の70mから8.6kmで54mはどうか?一旦〆で明日以降にする。→あっという間に4年半ほど経ってしまい今は26.1である。。これ以下は 平べったいし一旦断念とする。



~厚真川~   

厚真川水系は鵡川水系とは別の川であるが近くで孤立したダムと発電所があるのでここに掲載。約4年半ぶりの更新だけど鵡川とは無関係な案件での追加となっ た。

厚別ダム(あっぽろ)[便覧
河川     厚真川水系厚真川
目的/型式     FNAW/台形CSG
堤高/堤頂長/堤体積     47.2m/516m/490千m3
流域面積/湛水面積     105.3km2 ( 全て直接流域 ) /303ha
総貯水容量/有効貯水容量     47400千m3/43100千m3
ダム事業者     北海道
着手/竣工     1986/2018

発電所名:オニキシベ発電所(おにきしべ)[kiss.f5
事業者名:厚真町土地改良区
出力(kW):250
開始年月:令和7年4月